これはなかなかスリリングな話であるな……
オレはもし主人公が大学に合格しなかったら? ということを考えてしまう。もし、歌の才能がなかったら? もし、先生に理解がなかったら? もし、気まぐれでクラブ活動が変わっていたら?
もちろんこれはフィクションだから、才能が祝福されるストーリーになることに不思議がないとは思う。思うんだが、しかし、それにしては家族の描き方にリアリティがあるんだよな。
これがもし、ファンタジー世界の出来事だったらなんの引っかかりもないと思う。でも、ここで描かれている聾の家族は、実際の聾の人たちの生活を知らない自分たちにとって、「こういう家族が実際にいそうだな」というリアリティがある。赤ん坊が音を聞くことができてショックだった、という母親の告白は、残酷だがしかし人間のある面の真実を描いているように思える。で、現実には、歌の才能があって、それが見出されて、そのリアルな家族のしがらみから抜け出すような、そんな奇跡的な出来事は起こらないよね、みたいなことを考えてしまう。
それって、知らない世界を切り取って描くフィクションにおいては、めちゃくちゃ危険なことだよなあ、と感じる。歌声で周囲を驚かす才能なんてなくて、でも夢とそれに向かって努力する姿勢があって、音楽大学の受験にも失敗して、それでも、家族はきちんと娘の夢を応援できる、そんな話を見たかった気もするなあ、何て思いが、ちょっとだけ、頭をよぎってしまうのだ。