ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

マーキュリー13: 宇宙開発を支えた女性たち

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マーキュリー13は宇宙開発は支えてないというか、「排除された女性たち」ってのが正確なところだよなコレ。メンバーのひとりがNOWの立ち上げに行くのとか、あーこれが公民権運動の時代! となる。議会に訴えかけてNASAの結論を覆してもらおう! とか行動できるのが、いかにもアメリカって感じだよなあ。

というかですね、これを見るとやっぱり、「ドリーム」での公民権運動との距離の取り方とか、NASAが女性に対してどういう態度をとったのかをケヴィン・コスナーで正当化しちゃうのとか、おかしいよねえ。

意外だったのはソ連の女性宇宙飛行士打ち上げが早かったこと。ソ連の女性の社会進出ってあんまりイメージがなかったから、国家事業として女性をプロパガンダに使うのに、ちゃんと意味があったんだなーって納得した。アメリカには女性の人権を尊重すると国際アピールに名って国益になるという意識がなかったんだなーなるほどなー。リンドン・ジョンソンの引かれた言葉がまあひでーもんなー。まあそこらへんは単純に理解のなさなんだろうけどさあ。

あとまあこれを見ると、『ロケットガール』とか日本のSFエンタメは、そこら辺には全然触れられてなかったんじゃなかったっけ? と今更ながらに思うわよねえ。体格からすると女性を打ち上げた方が有利で合理的、みたいな意味づけはしてあったと思うんだけれども、こういう過去のアレコレって触れられてたかしら? 実際にこうやって社会的な慣習でその道を閉ざされた人たちがいるのを見ると、色々考えるところがあるよなあ……