ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

女囚さそり けもの部屋

 

女囚さそり けもの部屋 [DVD]

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そして成田三樹夫の登場である!! 冒頭から成田三樹夫の腕がチョンパである!! うひょおおおおおおお!! 墓場で切った腕を咥えてガリガリガリガリ!! さそり! さそり! さそりいいいいいいい!!

あ、はい落ち着きます。もうこの頃になるとさそりの存在は一種抽象のレベルにまで高まっていて、ある種の呪いとか人間が生まれながらにして持つ原罪とか貞子とかそういう類のものになっており、自分では手を下さないラストの復讐シーンとかはもう素直に脱帽ですはい。地下水路にガソリン撒かれて火を付けられても「ざばあああああ」無傷! やばいやばいやばい。そりゃあ隻腕といえども成田三樹夫の敵ではありませんわ。

しかし知恵遅れの近親相姦までバシッと描いてしまい、もうこの話これ以上どーすんの? って感じ。前作で宿命のライバルキャラを徹底的にやったり、ほとんど主役にしゃべらせなかったりで、映画としてはもうやりきった感じもあり、だから正直本作の地下水路に閉じ込められるパートとかはまださそり度が足りないなー、とか思ってしまう。なんだろう、さそりが恨みを向ける対象が足りなかったのだろうか。刑務所の知り合いを出したところでたかがしれてるからなあ……

女囚さそり 第41雑居房

 

女囚さそり 第41雑居房 [DVD]

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あー美しい。なんと言っても梶芽衣子が美しい。なにこの美しさ。すごいんだけど。そらタランティーノもゾッコンだよ梶さん。すごい。悶える。水に濡れたり走ったり和服着たりと様々美しい梶芽衣子を堪能できるこの作品ですが、白眉はやっぱりラストの復讐シーンの黒づくめで、あまりの素晴らしさに絶叫してしまった。なんなのあの格好。素晴らしすぎない? ねえ? なんなの? ねえ? なんなの?

そして梶芽衣子は喋らない。徹底的に喋らない。こんな台詞を喋らない主役は今だかつて存在しただろーかってくらいしゃべらない。ただ目で語る。それで全然保つ。保つどころか吸い込まれてしまう。引っ張って引っ張って引っ張りまくっての「あたしを売ったね」ぎゃあああああああああああああああ!!!! しびれるううううううううう!!!!

前作ではややストーリーがめんどくさいというか、あっちいったりこっちいったりの感じがあってどーも好きになれなかったけれども、今回は大変わかりやすい脱走劇でその点も大変よろしい。途中に挟まる不思議謎演出も慣れた、というかむしろこのくらいやってくれたほうが安心する。ベベン!

しかしこのシリーズタイトルの順番がくっそわかりづれーな。

ゴースト/ニューヨークの幻

 

色んな映画の教科書的な本でちょこちょこ出ていたので「すごいんだろうなー」と身構えて見始めたら、アレコレ結構俗というか、B級クサい話ではないでしょうか? 主要な登場人物を最低限にしてストーリーもかなり偶然性に頼る部分が高くそして何より題材がゴースト。

CGで対象をすり抜ける、というのが当時映像における大きなワンダーであったのだろうことは想像に難くないけれども、今観ればその驚きって全然どうでも良いわけで、もしかしたらそこらへんがB級っぽさに繋がっているのかなあ。こういう話のつくりだったら、いっそ終始「見えてない体で」、演劇とかにしてもらった方がいいんじゃないのかなあとさえ思う。

にしてもヒロイン泣きすぎで、全体のストーリー設計が雑だよなあと思う。視聴者にとって「愛する人が見えないヒロイン」という立ち位置はすげー美味しいはずなので、愛情をこんな大安売りしちゃいかんのじゃないかなあ。だがウーピー・ゴールドバーグは大変美味しい役を美味しく演じていて大変良いと思います。名前と身体と顔が得。

あ、あと例のろくろシーンは素晴らしいですね。パロディされるだけのことはある。目を瞑っての再会シーンも大変良いのだけれども、あの後焦点シーンが見えちゃうのはちょっともったいないかなあ。

激突!殺人拳

 

激突!殺人拳

激突!殺人拳

 

わははははははははは!! すげえ!! なんだこれ!! サニー千葉の出世作なのか! いやあ! いやあ! いやあすげえ!!

正直なんでヒットしたのか全然わからなくて、ストーリーなんてあってないようなもんだし殺陣もイマイチアイディアに乏しいように思えるし登場人物の芝居もできているようには思えない。突然強いチビ館長と差し込まれる回想の唐突さには「ドッヒャー!」だし、偶然すぎる兄妹の再開は「わっはっは」だし、バイクで突っ込む取り巻きくんは「え、何したかったの?」って感じ。ってかたーれんたーれん言ってんのね。ダーリンかと思ってすわホモかと。ラストのどうでも良い感じはマジですごいよね。え、コレで終わりなの? っていう。

でもまあ、そんなこんなも千葉ちゃんの説得力の前では全部吹き飛んでしまう。なんなのあの顔。なんであんなに顔濃いの? ブルース・リーの5倍濃縮くらいの顔芸に完璧にノックアウト。関根勤しか知らんかったので「いやさすがにモノマネ盛りすぎでしょう」とか舐めてたんだけど、盛ってるどころかむしろ足りない。全然足りない。そしてその表情から繰り出されるあのなんだかよくわからない身体動作! ぱっと見全然強そうには思えないしかっこよくもないんだし説得力もないように思えるんだけど、それを全力でドカンとやられるともうスクリーンに釘付けになるしかない。いやほんとなんなんだ千葉真一。すげえな。

キングコング

 

キングコング [DVD] FRT-032

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映画を観ながら絶叫。舐めてましたすみません。いやあ、信じられないくらい素晴らしい映画だなあ。『髑髏島の巨神』とか観てる場合じゃないよマジで。ピーター・ジャクソンがリメイクせざるを得なかったのがようやくわかったわ。

技術は進歩して今やCGは現実と見わけがつかないけれども、しかしどこまで行っても技術は技術であり、何のために用いられるかが定まってないと映画の面白さには貢献しない。ピーター・ジャクソン版は溢れんばかりのアイディアを息もつかせぬ間にドンドコブチ込んで、秒辺りの濃厚な味わいでスカルアイランドを見せて、それはそれでPJっぽいなあとは思うんだけれども、初代のキングコングの方針には心底参った。これでもかとアイディアを詰め込んで使われるストップモーションとスクリーンプロセス! 巧みな人間のアニメも織り込み、オブジェクトが現実とストップモーションの世界を横断し、時にはストップモーションの中に現実の映像を流し込み、スクリーンのこちら側とあちら側の境界を破壊する! 何のために? もちろん、キング・コングがスクリーンを飛び越してこちら側に襲いかかるためだ! キング・コングは無力な人間を蹂躙する災害ではなく、スクリーン越しにこちらを脅かす道化で、だからこそ表情はぬいぐるみで表現される。あくまでもその身体は人間の想像力を超えない範囲に止められており、エンパイアステートビルに登ったコングはあまりにも小さいのだ。

ってか、今までは正直なんでコングがNYにやってこなければならないのかイマイチよくわかんなかったんだけど、この映画観てこれ以上ないくらいに実感したわ。異郷の地で暴れ回るコングを、現実のNYで暴れさせるなんてもう映画としちゃあこれ以上ないくらいにグッとくる展開じゃん。鉄道を破壊し電車を覗き込むあのコングの瞳! そらジュラシック・パークも真似したくなりますね(最悪のデキだったけど)。

そして悲しすぎるほどに悲しいラスト――なんだけど、そこで見るべきはやはり「移動する」カメラという抜群のアイディアだよなあ。それまで固定されていたストップモーションのカメラが、飛行機という視点を獲得することによって縦横無尽に動き回る! 動作が激しい飛行機だからこそ、アニメの整合性への希求が緩められ、破綻スレスレの映像がクライマックスへと向かう物語を協力に牽引する!

いやもう、技術と物語の融合をこのレベルで見せられてしまったら、映像の新しさとかどうでも良いですよ。久々にワンダーを見せつけられた感じですはい。

不夜城

 

不夜城 (角川文庫)

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お……お……おもしろい……なんで今まで読んでいなかったのか……

何が素晴らしいってキャラクター。もちろんストーリーが良くて色んな立場の人間をわかりやすく捌いて次々と困難をブチ込んで翻弄する、というまあすっさまじいことをやっているんだけれども、そんな周囲のあれやこれやが物語の中心人物を立たせていく方がむしろ鳥肌で、いやあ最初にヒロインが現れた時こんなとんでもない求心力を持つようになるとはこれっぽっちも思わなかったよね。何というキャラの立て方。そしてその立ちまくったキャラクターが各々の生き様を背に騙し合い愛し合い殺し合うワケで、クライマックスシーンなんかもうそりゃ脳汁ドバドバ出ますわ。いやーすごい小説を読んでしまった。

色々好きなシーンはあるけれども、元相棒の登場シーンが印象深いなあ。主人公が襲われてると思って芝生からひょっこり。どんなヤバイヤツがくるのか身構えてたのに、あのエピソードひとつで立ち位置定まるんだもんなあ。すごいなあ。

あとはまあなんと言っても主人公。こんなややこしくて共感しづらくてなんだかよくわからないキャラクターを、なんだかよくわからないけど有無を言わせない説得力があるエピソードを連発して、しょーがないかと納得させてしまうのは、いやはやホント神がかってると思いますはい。

 

オール・ザ・キングスメン

 

ひとりの純粋な人間が政治の世界に飛び込み権力欲に取り憑かれていく様子を描く、というのはまあわかるんだけど、主人公は物語の中心からちょっとだけ離れたところにいて、関与しつつも展開を観察する、という位置にいるのは果たしてどうなのか。それは共感の予知を残すために必然だったのかもしれないけれども、だったら政治家が権力欲に取り憑かれていく変化を間近で見ているのを、追体験できるようにきちんと描かなきゃならんのではないかなあ。肝心要の変化がダイジェストで描かれるもんだから、そこで物語への興味が大きく削がれてしまっている気がしてならない。あのデカい顔ポスターが街に貼られているのは、見ていて単に気持ち悪いだけだもんなあ。

トーリー展開もなんだかうまく構成されているようには感じられず、ヒロインの不倫の下りとかは結構どうでも良いよなあ。ラストもうまく着地点を見つけることができずに、結局暗殺でとどめを刺しました! って感じ。いやあ、民衆の支持を失いそっぽを向かれるのではなく、単なる人間関係のいざこざで殺されちゃうのって、全然勧善懲悪って感じがしないし、根本的に間違っていると思うんだけどなあ……