ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

キャピタリズム~マネーは踊る

 

今だから観ると面白い映画だなあ。オバマ就任時に彼が負っていた希望と不安とか、当時から広がり続けていた格差とか、あと途中で出て来るサンダースとか。トランプが勝利した後にマイケル・ムーアの文章が広まったけど、やっぱり以前からちゃんとそこら辺の勘所を指摘し続けてきたんだなあ、と今更ながらに思う。今の状況でマイケル・ムーアオバマをどのように評価しているのかは、すげえ興味深いなあ。

いやはや、今までリーマン・ショックをテーマにした映画はちょこちょこ観てきたけれども、アメリカの中流階級より下の人間がそれに対してどのような感情を持っているか、を表現した作品にはあんまり触れた記憶がなかったので、この映画で色んな部分が腑に落ちた感じがする。

あとはやっぱり思想だよなあ。歴史を振り返っても、局所的な最大値を求める運動にカウンターを打つのはひとつ抽象的な思想だったりするわけで。合衆国憲法に立ち戻ったり、あとルーズベルトの演説を希望の根拠にしたり……『インターネットの申し子』でも思ったけど、そういう表現が説得力を持つのがアメリカの強さだよなあ。

あと監督の聖職者にこだわる姿勢にようやくピンときたのも面白い。アメリカにおける宗教の役割ってどうもわかんねーなーと思ってたんだけど、公民権運動とかを引き合いに出して、これだけ明確に資本主義との対立項として宗教を描かれると、なるほどなるほどこういう働きをするのかー、となんとなく納得できた気がする。

本能寺ホテル

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なんだこのうんこカメラワーク。趣好が演出に全く寄与してない、というかむしろストーリーの足を大きく引っ張ってる。オレは素人だがそれでも確信して言うがこれはとてつもないうんこだと思う。

いやまあ日本家屋を90度ずつのカメラで撮りたいのはまあわかるし京都という町をその延長線上で描いてしまおうという趣好もわからなくはないしその特徴的なカメラのスタイルで時を超えて同じ京都という町を描くことで両者を強引にも繋げようという意図も理解できなくはない。冒頭から鳴り響きっぱなしの超くっそ押しつけがましい音楽に辟易しながらも、まあそこにそういう趣好を読み取ることはできる。

できるんだけど、やっぱ90度で切り返すFIXカメラで切り取ることのできる心情というのはどうしても非人間的なニュアンスを帯びてしまうわけで、じゃあその特殊なカメラの中でどのような物語が語られるのか、という点にこそ注意が向けられるべきなんじゃないのか。なんなんだこの全くアイディアの足りてない画面構成は。ウェス・アンダーソンだって90度真正面のカメラを多用するけれども、構図から溢れるユーモアが奇妙な人間臭さを生み出しそれが全体の物語にも当然寄与しているわけで。こういう人間の心情の変化がクライマックスを呼び込むようなシナリオには、最高に相性が悪いんじゃないの? やるんだったらOZUでローアングルで不自然なくらいにたっぷり芝居をみせてやるべきなんじゃないの? なんでやたら引きのカメラとか挿入したがんの? 素人じゃないんだから色々考えてることはあるんだろうけどオレにはサッパリその意図が理解できん。途中に挟まれる中途半端なユーモアは心底笑えん。嫌悪感さえ抱く。

綾瀬はるかがこの難しい役を充分に掴めていた感じは全然しないのだけれど、でもまあそういう意味でいうとカメラワークの分をさっ引いて評価しなけりゃならないのだろうなあ。このカメラで独り言呟きながら90度ずつ角度を変えて京都の町を歩くのを成立させるの、普通に考えて難易度高いと思う。いやでもオープニングの京都でカート引きながら歩くところの芝居のなんとも言えない中途半端さはやっぱり役どころの理解度足りてない気もするんだよなあ。思わず読子・リードマン登場シーンを思い出してしまったよ。

山田孝之の東京都北区赤羽

 

大傑作。基本的に連続ドラマは見ない人間なんだけれど、モキュメンタリーを漁っていてこんな傑作にぶち当たるとは思わなかった。

っていうかこれ、モキュメンタリーであることを知らなければ普通に信じちゃってるよね、絶対。いやよくよく考えると構成が良くできすぎていてドキュメンタリーなわけがないんだけど、「山田孝之」という役者を中心に置くことでそのドラマティックな展開が成立してしまうのが本当にすごい。役者の人生だから劇的であっても成立する、というある種逆転の発想だよなーこれ。最終話は役者が役者であることを肯定することで自らの証を立てる、それが劇中劇になるという、いや理屈で言うとそれ以外にあり得ない展開で正しすぎてもう嫌になっちゃうんだけど、それを決意した山田孝之が正面アングルで向かって歩いてくる最終話オープニングでもうすでに号泣だもん。劇中にあんな大仰な演出ブチ込まれても、いやもう大正論なので成立してますはいすいません私が悪うございましたって感じで見続けるしかない。いやあすごい。なんなんだこのドラマは。

あとさらに感心させられたのはその役者の自然な演技と対置される素人のストーリーテリングで、ジョージさんの怒声がなければこの構成は成立しない。いやほんとよく素人の人間にそこを手渡しできたよなあ。なんか奇跡的なことが起こってるとしか思えない。すごい。とにかくすごいものを見た。

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

 

びっくりするほどどうでもいい。なんだこのどうでもよさは。本当に困惑するくらいどうでもいい。

そもそもこの監督は今まで全然ドラマをうまく描けてないよねー、というような感じもするけれども、まあとにかく脚本がダメなんじゃないだろうか。各所の映像は「コミックではイイ感じなんだろうなあ」なんて想像を喚起するくらいに印象的にできていて、それは全然楽しめるんだけど、いやしかしそれらのパッチワークのしかたが致命的にどうでもいいというか。

いやーまあそこら辺のテーマをヒーローものに被せて描きたいのはわかるんだけど、ドラマとして最も重要な転換点が「母親を人質に取る」とかそんなんでいいのははっきりいってひどいと思う。そんなん子どもでも考えつくし、そんな事象をいまさらこんな大仰に描かれても全然乗り切れない。

映画として一番の見所はやっぱり二大ヒーローの直接対決になると思うんだけども、映像的な面白さだけでそのシーンを描いてしまって、バットマンの格がはっきり劣っているように見えるのもマズいと思う。弱者がどのように強者に立ち向かうか、という工夫は視聴者の一番見たかったものだと思うんだけど、見え見えの超兵器で敵を弱らせて互角! とか期待値を軽く下回る感じ。それ以降の展開でバットマンが機能してないのもきついよなあ……

インターネットの申し子: 天才アーロン・シュウォルツの軌跡

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Netflixで観たんだけど動画英語版だとそのまま公開されてるのね。

いやーすごい映画。本当にすごい。

インターネットと法律の関係について、そもそも権利は何故保護されるべきか、みたいな根源からの問い直しがされていて、うんうんそうそう今はそういう時代だよねえと心底共感する。たぶん自分たちは人類の歴史の上でも大きな曲がり角にいるんだよなあきっと。でもって、そこでは人間社会が今まで築き上げてきた社会通念が問い直されなければならない、というのはむしろ自然なことなんだろうなあ。

そんな問い直しの根拠がストレートに合衆国憲法に求められるアメリカってのはすげー国だなあと思うし、ハッカーは生まれるべくして生まれたんだなあと思うし、政府が法を恣意的に運用することに対する危機感ってないとアカンのだなあと思うし、翻って日本における表現の自由を求める運動とはその裏付けが全く違うんだろうなあと納得させられてしまう。そこら辺の肌感覚がないと、鉤括弧付きの「運動」になってしまうのだろうなあ……なんて考えると、同人誌なんかの感覚は比較的肌感覚が近く、山田議員の行動が影響与えたら日本的だったりするのかしら、なんて思ったりもする。

にしてもなー、アーロン・スワーツって自分全く知らなくてもうそれが大変恥ずかしいしガッカリしちゃうよなあ。RSSでCCでRedditで、とか自分でも親しんでるあれやこれやに関わってるとかすごすぎてむしろ呆れるレベル。英語ニュース普通に読んでたらアンテナに引っかかってたのかなあ。

帝都物語

 

帝都物語

帝都物語

 

アニメとか小説とかは確か見てるんだけど、実写版は初めて。だけど感想としては「こ、これが実相寺昭雄……!」に尽きるかなあ。いやあ、なんなんだろうこの独特の感覚は。

明治大正昭和と東京の風俗を描くのも大変良く、いやーよくこんなん作ったなーと感心するのだけれども、その画が独特のライティングで映える映える。正直ストーリーが良く描けているようには全然全く思わないのだけれども、この作品だからこそ成立するようなスーパー劇的な映像を、まあなんだかんだ堪能しましたハイ。ってかあの尺で学天即のエピソードを実写で表現するとか、この画の勢いがないと無理だよなあ。

あとはなんといっても嶋田久作の存在感はすげーなー、というところに尽きます。もうバックグラウンドもサッパリわからないまま東京に災いをもたらすその存在が、物語の中心点として機能してるのが意味分からん。あの超人間的な雰囲気って、いったい何なんだろうなあ。最初の言葉の低いトーンでもう「うへええええ」となっちゃうもんなあ。全く年を取っていく感じのしない石田純一がコントに見えてむしろ可哀想なくらい。

ありふれた事件

 

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モキュメンタリー追いかけてるのでこの映画も観なきゃなーと思ってたらNetflixに追加されてて手拍子で見る。

のだけれども、うーん、正直タルかったなあ。撮影者へと犯罪の狂気が伝染していく、という話なのは確かにわかるんだけど、そこの変遷の部分にイマイチ共感できないというか。ってか、最初から殺人現場の撮影をしているわけで、それを目の当たりにして映画を撮っている以上は、カメラマンはそもそもあっち側の存在だよなあ。観客がそれに感情移入する効果を使うには、ちょっと難易度高いのではないかと思う。

んじゃー全然面白くないのかというとそういうことはなく、この主役のキャラクターが大変よろしい。犯罪者なりの論理にはいちいち感心させられるし、芸術論も面白く詩とかしゃべり出すと「おおなかなかイイじゃん」とか思ってしまう。周囲を暴力含みで巻き込んで人間関係を構築してしまう系の話って、モキュメンタリーと相性が良いはずで、この話もそういう機能が上手く働いていればもうちょっと見入ることができたのかなあ、とも思う。

いや実はオレが鈍感で共感移入出来なさすぎだったりするのかなコレ。