ボビー・フィッシャーの本やらドキュメンタリーやらを見ていつも思うのは「ボリス・スパスキーって寛容すぎじゃね?」ってことで、相手があんなわけのわからん難癖ばかりつけてくるヤツだったら普通サックリ交渉決裂させちゃって然るべきなわけじゃないですか。まして国家の威信を背負ってるわけでしょ? なんでそこまでしてボビー・フィッシャーと戦ったの? という疑問にこの映画はなかなか面白い回答を出していて、それだけで結構満足。フィッシャーが押し潰されそうになっているプレッシャーとスパスキーも向き合っていることを示すことで、逆にふたりは同じ境遇で戦う仲間のようにも見せてしまうのは、なかなか良い逆転の発想だなあ。
あと、思うにこの映画はボビー・フィッシャーの壊れていく精神を如何に表現するかに重きを置いていて、チェスのワンダーを正面から描くことを結構放棄している。『ボビー・フィッシャーを探して』のブリッツ描写みたいなチェスそのものが魔力を持っている、って感じの見せ方はしてないよね。ので、物語のクライマックスである第6局が、どれだけ素晴らしいチェスだったかを映像的に示すことはそもそも試みてない。代わりにその素晴らしさを伝えるのはスパスキーの拍手なんだけど、その後に入れ代わり立ち代わり示される世界中の中継画面で、チェスのワンダーがわかる人とわからない人で全くリアクションが違うのがなんともいえない。ある意味ボビー・フィッシャーのチェスの美しさそのものに惹かれた人間が彼の精神を壊したとも言えるわけで……いやあ、罪作りなクライマックスだよなあ。