ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

慎治

慎治 (中公文庫)

慎治 (中公文庫)

オタクディテールは非常によく詰め込んであるし、いじめられっ子が新たな世界を垣間見ることでいじめっ子に対抗していく筋書きはまっとうな成長物語になっていて、いじめの解決法のなさや恋愛のほろ苦さなんかで上手くバランスをとったエンターテインメント。

でまあいいんだけど、一方でやっぱり納得がいかない感じがするのは自分も身に覚えがあるからだよなあ。キャラクターが嘘くさい。ああいう距離感で後進を育てられるのにオタクになるの? とか、自分だったらあそこで彼女に優しい言葉をかけられねえなあ、とか。内気であること以外に主人公にいじめられる理由が見いだせなくて、でもああいう年頃の内向的な主人公は部屋がオナニーティッシュだらけじゃなきゃ嘘だよね、という感覚(もちろんある程度は脱臭するのが正しいエンターテインメントなのだとは思う)。


しかしラストで主人公に勝たせてしまったのはちょっとサービスのしすぎじゃあないのか。
この作品は「いじめというシステムはなくならない」という現実の苦さを前提としたストーリーで、前半にははっきりと「現実を変えるのではなく自分を変える」というテーマが描かれている。
ラスト前、いじめの克服は「自分を変えることで世界が変わる」こととして描かれるのだが、しかしそれは現実的にものすごく幸運なパターンで、彼一人がいじめから脱出しても「いじめというシステムはなくならない」という命題は依然として存在している。そしてその現実の苦さこそが、この作品が最後に譲ってはならないリアリティなんだと思う。
だからラスト、「大人」というひとつ上位のレイヤーで行われる戦いでは、主人公は負けるべきだったんじゃないか。長年打ち込んできた先達に生兵法で勝つことはできず、世界を変えることはできない。しかしかつてと変わった彼は、もうそのことで悩んだりはしないのだ……ってくらいの落としどころの方が作品全体のテーマが引き締まる気がする。
ラス前・ラストの主人公の行動に全く変化がないことや、主人公の勝敗が最終目標に影響しないこと(負けてもストレス発散にはなる)からいっても、別のクライマックスがあってもよかったんじゃないかなあ。