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ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

Re:ゼロから始める異世界生活

 

アニメの方をとりあえず全部見た。すげー見るのが大変でちょっとずつちょっとずつ進めてたんだけどようやく見終わったのでようやく感想が書けるのだった。

 

まあとにかくあのレムだっけ? 青髪の子と1話まるごと話すだけの回があるじゃん? このアニメもうあのシーンの話だけで良いよね? 他はもうマジでどうでも良いよね? 色々言いたいことはあるけどたぶん全部あのシーンに象徴されていると思うしオレもそんな青筋立てて色々言いたくないからうんあのシーンのことだけにするけど、いやほんと最高にダメでしょあの話。あり得ない。

1話分のアニメをあの内容で成立させようとするのが大変なチャレンジであるのは理解するしそこに対して思いっきり労力注ぎ込んで成立させようと気合い入れてやったのはわかるけど、そもそもその気合いの入れ方おかしいじゃん? 問題設定が間違ってるよ。あの話であのロジックは完璧に破綻しているし、しかしその破綻したロジックを成立させることで生み出されるマジックって「青い髪の人が正妻ですか?」でしかないよ。原作がどうだかオレはサッパリわかんねーけど、アレって原作を正確になぞろうとした結果生まれた歪さでしょ? アニメとしてよりよい作品をするためにやるべきことは原作の欠点を覆い隠すべくあんなクッソなんの工夫もない会話を絵面だのなんだののゴリ押しでなんとなーく雰囲気で成立させることじゃないでしょ? ジャンルの特性やら作品が本来語るべきであることを圧し殺してゴリゴリゴリゴリッとそれっぽい感情を成立させようとするその態度をオレは心底嫌う。バカじゃねーの?

それまでの悲劇的展開の繰り返しと最後にレムへと手を伸ばしたことから、主人公が「自己肯定できない」ということに死に戻りの根拠を求めてるのがまずはクソで、お前がお前を好きだろうと嫌いだろうとそんなのマジでどうでも良い。勝手にやってろって感じ。そんなもん今まで何度だって自己肯定できそうになかった出来事はあったわけで、それがなんであのループのラストで突然一線を越えちゃうわけ? エミリアの拒絶が最後の一線とかだったらまだわかるけどさ、今までも散々拒絶されてたじゃん? なんであのラストで突然自己肯定できなくなってるの? 全くそこら辺の展開構成できてないよね? どうしてそこを無視してゴリ押しすんの?

っていうかあそこで否定のきっかけになったのはループに起因する始点の差違であって、レムから見た主人公像をカウンターで当てることって、実はその差違を拡大することにしかならないんじゃね? レムが肯定する「自己」と主人公の理解する「自己」には原理的に解消できない差違があって、それが元々の自己肯定のできなさの原因なんだから、あのきっかけで立ち直るのは根本から矛盾してね? でもその矛盾を勢いで解消させるためにレムにチューまでさせて奇跡っぽいものを起こさせて、だから物語上全く重要には思えないレムの存在が正妻っぽくフィーチャーされちゃうんじゃね?

 

たぶんこの話は、原作が連載ということもあり、書いているうちにジャンルの特性に対する発見があった作品なんじゃないだろうか。

例えば、最初は真実を明かそうとすることで「自分が苦しむ」という構造をとっていたんだけど、読者からすればいくら主人公が苦しんだところでそれは主人公が苦しめば良いだけのことなわけで、あんまりタブーが上手く機能していない。そこで途中から、真実を明かすペナルティを「他人が苦しむ」ことにしたのは素晴らしい変更で、それはループものとして正しい物語的効果を生んでいると思う。

でもそういったルールの変更は、受け手からとってみれば「設定の不備」「作者の都合」と紙一重だ。白鯨戦後のセーブポイントの変更の有無は、物語の展開に大きく影響を及ぼしたはずだし、そこに対して言い訳(せめて、それが意図的なものであることを示す目配せ)を用意しておくのは、受け手との信頼関係を構築するために必須だとオレは考える。