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ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

グレート・ギャッツビー

 

恥ずかしながら告白すると、古典作品には何度もチャレンジしてきてその度に「うーんよくわからんなあ」と思っていて、いやもうコレ絶対に自分の読み方が悪いんだよなあたぶんそうだよなあどうすればちゃんと読めるんだろうなあ、と思っていた。この本だってそんな感じであらすじだけを抜き出すとまあとりとめのない話であってこれきっともう少しちゃんとした読み方がある気がするんだけどわかんねーなー人名地名覚えるだけで手一杯だもんなあ表面上のストーリーに振り回されてるよなあ映画先に見溶くべきだったかなあ、とガッカリしていたのだ。

で、訳者あとがきを読んで「わーお!」となった。

なんすかねあの当時のアメリカで自動車がどういう意味を持つかとかそんなん文字読んだだけじゃわからんわけで、そこら辺を絡めた対比に含意があってもボロボロ読み落とすわけじゃないですか。それって単純に知識の網の目が粗いので掬い損ねてるわけで、実際これが現代日本とか現代とかだったらまあなんとかなりそうな感じがするんですよ。

映画を例に挙げれば、作品内の色がどのような意図で配置されてるかって、やっぱり見慣れてないと考えられないわけですよ。ストーリーを読み取り映像の意味を読み取り編集の意図を読み取り、みたいな作業が経験知として自然に頭の中に入ってきてから初めて、そういう抽象レベルでの意図をようやく探れたりするわけですよ。ってかそれ映画で俺ががんばってやってることじゃん。

それを小説でもやれば良いわけでしょ? そこに面白味があるわけでしょ。あいわかった! そのように読んで面白いならそのように読む! と僕は蒙を啓かれた気持ちでいるわけです。いや遅いって? うん、遅いよね……

まーいーや。過ちては改むるに憚ること勿れ! ということでこれからこういう古典を読むときはもっとがんばって読もう。そうしよう。ありがとう訳者さん。本当にありがとう。