読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

ニトロちゃん みんなと違う、発達障害の私

漫画

 

つい先日、中高と大変仲良くしていた友人が今更発達障害だったということがわかったのだけど、その彼が「このマンガがすごく『あるある』でビックリした」という話をしていたので読んだ。

いやー、これは『あるある』だっただろうなあ、と思った。友人の日常を身近で見ていただけでも、なんとなく、思い当たる節がある。

 

これは別に発達障害に限らない話なんだけれど、一見コミュニケーションが成立していても、それを行う個々の思考回路には大きなギャップがあったりする。でも、お互いに意志疎通ができているように見えるものだから、同じ思考回路の上でコミュニケーションが行われている、と錯覚しがちだ。

我々は往々にしてそれを見逃してしまうけれど、ごく当たり前の日常が非対称の差違を呑み込んで成立している。というか、成立しているからごく当たり前の日常がある。これはちょっとすごいことだよなあ。

 

今、時間を隔てて客観的に離れてみれば、彼との付き合いの中に不自然なすれ違いと思えることは確かに多くて、個別の事実を結んで「ああ、そういうことと考えるのが自然だよね」と解釈することは可能だ。でも身近にいるとその振る舞いがごく当たり前の日常で、つい見逃してしまうんだよね。

元々そういう日常の気付きができない人間だったので、もう少し敏感な感性を持ちたかったなあ……なんて他人事みたいに言ってないで今の日常でちゃんと他人に興味を持てという話ですねそうですね。

 

うーん、なんかこの話はまとまらないな。まあ、まとまらない記事をまとまらないままにおいておくことも必要なのかもしれない。