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ガチラノ

死ぬほどどうでも良いわ…

ミッドウェイ海戦

 

ミッドウェイ海戦/ドキュメント真珠湾攻撃 [DVD]

ミッドウェイ海戦/ドキュメント真珠湾攻撃 [DVD]

 

ジョン・フォードのドキュメンタリー。南の島を舞台にした印象深いショットが満載で眼福。空を舞いコミカルに地を歩く鳥を利用して反東条をプロパガンダしていて、その手際はさすがだなあと思わされる。序盤いきなり「飛行機の側で海パン一丁で楽しげに遊ぶ兵隊」の姿でスタートしたり、短いながらも当代一流の映画監督の匠の技が凝縮されている感じ。いやはや、アメリカでもこういうプロパガンダ映画って流れていたんだなあ。

それにしてもズルいのは戦闘シーンで、技術的制限から日本軍の飛行機は遠くにしか捉えることができないんだけど、音響でバッチリその恐怖を植え付けてからの爆撃! で、画面が上下に一瞬ずれる! ある種メタな映像が、視覚情報の枠組みを破壊するほどの衝撃を持って視聴者に襲いかかってる。いやあ、恐怖の正体は微かに遠くに感じるだけでいいんですね。映すべきはむしろそれにやられた自国の設備であり、焼き払われた病院と黒煙であり、命を失った味方の兵隊である、と。なるほどなあ、敵の顔が見えない方がむしろプロパガンダには好都合なんだろうなあ。

或る夜の出来事

 

或る夜の出来事 (字幕版)
 

ほうほうこれがスクリューボール・コメディというやつか……なんて勉強がてら観ようと思ったんだけど、内容が普通に面白くてビックリしてしまう。これ、ホントに1934年の映画? マジで? 『モダン・タイムス』よりも前なんだよね? いやー、信じられんわ。こんなに退屈せずにラストに観られる白黒映画というのもなかなかないよね。いやまあ、ふたりの結ばれる過程の説得力の薄さとか、ふたりのすれ違いの描き方の手際の悪さとか、脚本上もう少しどーにかできたんじゃないの? という面もあるにはあるんだけれども、さすがはジャンルを創り出した映画だけあって、根っこの構造がメチャクチャ強い。ラストの大胆な省略なんかは、視聴者への構造の提示がはっきりしているからこそできるんだよなあ。いやはやこれぞ映画! なラストでありました。

あとちょっと意外だったのはふたりのキャラクター。もちろんお互いには対照的な立場があってそれが原因でドラマが生まれてはいるんだけど、そこまで極端な変人という印象は受けなかった。ふたりの関係性で描く以上、もっと極端な性格に振っちゃうもんだとばっかり思っいたんだけどなあ。

マイマイ新子と千年の魔法

 

エロくね? なんかこれエロくね? なんでこんな執拗に口にモノくわえさせんの? なんで酔っぱらって顔赤らめさせたりすんの? なんで? ねえなんで?

というくらいフェティッシュなエロスに驚愕してしまったのは、この監督の作品の印象が『この世界の片隅に』だったからで、いやまあすずさんが突然醸し出すエロスには確かにビックリしたけどさー、あの姪っ子の描き方からは注意深くエロス取り除かれてませんでした? オレの気のせい? いやしかし別にこの監督の過去作を振り返って見ればむしろそれはオレの油断が悪かったのだろうなあそうだよなあ。っていうか間口広すぎませんこの監督? すげえな……

しかしマイマイ新子、良いとは聞いていたけれども確かに漠然とした「良さ」に満ちあふれている作品で、絶対嫌いにはなれないけれど、さりとて他人に「良いよ!」と薦めるかというとそんなことはないかなあ……ストーリー全体を繋ぐ骨子が見えづらく、千年の魔法のファンタジーはドラマとの関わりが弱く、どうにも求心力に欠けるというか……。いやまあそれがその作品の魅力なんだろうけど。でもやっぱり、ひづる先生の物語への関与がどうも婉曲的すぎると思うんだよなあ。そこはもっと視聴者である自分が積極的に読みに行かなきゃならないところなんだろうけどなあ。

五福星

 

五福星 日本劇場公開版 ●香港未公開NGカット版付五福星● [Blu-ray]

五福星 日本劇場公開版 ●香港未公開NGカット版付五福星● [Blu-ray]

 

ジャッキーとサモ・ハン・キンポーの共演!! という割にはアクションの比重が軽くてちょっとガッカリである。要所要所でのアクションはキレキレなだけになー、このふたりならもっとたっぷり肉体の躍動を堪能したかったなー。

いやまあ空気感は非常に良くてやりたいこともわかるんだけど、これってバランスが歪だよなあ。本編に全く関係ない透明人間パートとか、「これ面白いからいいややっちゃえやっちゃえ!」な感じ。ジャッキーのローラースケートスタントの興奮は物語に何ら寄与しないし、その後の度を越したクラッシュシーンにいたっては、あまりの統制のなさに狂気さえ感じてしまう。あそこでアレだけ自動車を壊す意味ってホントに全くこれっぽっちもないよね? どんな表情をして観れば良いのか全然わかんなくて、ただ困惑するのみだった。

だってさー、この入り口だったら5人がそれぞれの特殊能力を生かして何かを成し遂げる、『オーシャンズイレブン』的な展開をどーしたって期待してしまうわけじゃないですか。ラストの超どうでもいいどんでん返しも含めて、いやあかなり奇妙な作品だよなあコレ……

月とライカと吸血姫

 

月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)

月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)

 

オレにとってロケットものの一番の面白味って「なんで宇宙に行くの?」なんです。ケネディの時代とは違うわけじゃないですか。費用対効果はよくわからんし軍事目的では面白味に欠けるしそれじゃあなんで空に行かなきゃいけないの、と。夢やロマンを噴射して飛ぶのも良いけど、でもそいつが推進力生み出すためにはずいぶんな重みがなきゃいけないわけでしてね。

この物語は架空史の冷戦を背景にしているものだから、まあ状況的にはロケット開発の状況が整ってる、というか整わざるを得ないのだけれども、問題はヒロインの動機だよなあ。一本描き切るにはちょっと動機が弱い、というか共感しづらいよなあ。まあここら辺は、男性/女性と宇宙開発というポリコレ的にナイーブなアレみたいなヤツに接続しそうでどーもめんどくさいんですが、しかしやっぱり宇宙開発とかフロンティアスピリッツを描くときに、こういう動機で行動されるとどうも感情移入しづらくて。

作品としては身の丈に合わせて丁寧に丁寧に異文化にあるヒロインとの交流を描いていて好感。『吸血鬼』ならではの能力を使って危険脱出! みたいな流れも期待してしまうけれども、そこら辺を避けたのは賢明なのだろうなあ、なんて思いつつもこういう作品でそこをやらないのはやっぱり肩透かしだよなあ。悪い話では全然ないのだけれど。

龍の歯医者

 

前編・天狗虫編
 

 クッソ厳しい。なんでこんなんこの座組でアニメ化したんじゃろ……

序盤パイロットで創ったところなのかな? 絵作りのキツさがストーリーの導入の最も大事なところをダメにしてて嫌な予感がしたけれど、いやはや全く不安的中の内容でした。っつーか「異世界に主人公が慣れてゆくパート」をダイジェストでお送りするのに最高に呆れた。そこってこの作品でもっとも重要で最も繊細で最も美味しいところでしょーに! こんな短いパートをダイジェストで成立させるのって、『カールじいさんと空飛ぶ家』くらいの奇跡的な演出がないと無理でしょう。脚本への期待はゼロから見始めた本作品ですが、しかしホント脚本がきついときつい話だよなーこれ。特に後半なんか主人公の行動が心底どうでもいいもん。

いやまあそれを補うのが映像のマジックなのかもしれないけど、コンテとかもちぐはぐなパートが多くてストレスフルで参りました。なんでそこ間に柱? とかなんでフレームに収めちゃうの? とか。走るウマももうちょっと上手く描いて欲しかったなあ。いやウマに銃が当たったのには最高にビビったけど。

「歯」というパーツが持つ重要性だとか象徴性だとかを引き出してそこに奇想天外な設定を載せる、という舞城節は大変素晴らしく、たぶん舌なんかもアレだけ力を入れるべき象徴的意味がありそうだなーとかは思うんだけど、それらの良さが映像化に際して大きくスポイルされちゃってる感じ。いやー、きつい作品だったなあ……

Re:ゼロから始める異世界生活

 

アニメの方をとりあえず全部見た。すげー見るのが大変でちょっとずつちょっとずつ進めてたんだけどようやく見終わったのでようやく感想が書けるのだった。

 

まあとにかくあのレムだっけ? 青髪の子と1話まるごと話すだけの回があるじゃん? このアニメもうあのシーンの話だけで良いよね? 他はもうマジでどうでも良いよね? 色々言いたいことはあるけどたぶん全部あのシーンに象徴されていると思うしオレもそんな青筋立てて色々言いたくないからうんあのシーンのことだけにするけど、いやほんと最高にダメでしょあの話。あり得ない。

1話分のアニメをあの内容で成立させようとするのが大変なチャレンジであるのは理解するしそこに対して思いっきり労力注ぎ込んで成立させようと気合い入れてやったのはわかるけど、そもそもその気合いの入れ方おかしいじゃん? 問題設定が間違ってるよ。あの話であのロジックは完璧に破綻しているし、しかしその破綻したロジックを成立させることで生み出されるマジックって「青い髪の人が正妻ですか?」でしかないよ。原作がどうだかオレはサッパリわかんねーけど、アレって原作を正確になぞろうとした結果生まれた歪さでしょ? アニメとしてよりよい作品をするためにやるべきことは原作の欠点を覆い隠すべくあんなクッソなんの工夫もない会話を絵面だのなんだののゴリ押しでなんとなーく雰囲気で成立させることじゃないでしょ? ジャンルの特性やら作品が本来語るべきであることを圧し殺してゴリゴリゴリゴリッとそれっぽい感情を成立させようとするその態度をオレは心底嫌う。バカじゃねーの?

それまでの悲劇的展開の繰り返しと最後にレムへと手を伸ばしたことから、主人公が「自己肯定できない」ということに死に戻りの根拠を求めてるのがまずはクソで、お前がお前を好きだろうと嫌いだろうとそんなのマジでどうでも良い。勝手にやってろって感じ。そんなもん今まで何度だって自己肯定できそうになかった出来事はあったわけで、それがなんであのループのラストで突然一線を越えちゃうわけ? エミリアの拒絶が最後の一線とかだったらまだわかるけどさ、今までも散々拒絶されてたじゃん? なんであのラストで突然自己肯定できなくなってるの? 全くそこら辺の展開構成できてないよね? どうしてそこを無視してゴリ押しすんの?

っていうかあそこで否定のきっかけになったのはループに起因する始点の差違であって、レムから見た主人公像をカウンターで当てることって、実はその差違を拡大することにしかならないんじゃね? レムが肯定する「自己」と主人公の理解する「自己」には原理的に解消できない差違があって、それが元々の自己肯定のできなさの原因なんだから、あのきっかけで立ち直るのは根本から矛盾してね? でもその矛盾を勢いで解消させるためにレムにチューまでさせて奇跡っぽいものを起こさせて、だから物語上全く重要には思えないレムの存在が正妻っぽくフィーチャーされちゃうんじゃね?

 

たぶんこの話は、原作が連載ということもあり、書いているうちにジャンルの特性に対する発見があった作品なんじゃないだろうか。

例えば、最初は真実を明かそうとすることで「自分が苦しむ」という構造をとっていたんだけど、読者からすればいくら主人公が苦しんだところでそれは主人公が苦しめば良いだけのことなわけで、あんまりタブーが上手く機能していない。そこで途中から、真実を明かすペナルティを「他人が苦しむ」ことにしたのは素晴らしい変更で、それはループものとして正しい物語的効果を生んでいると思う。

でもそういったルールの変更は、受け手からとってみれば「設定の不備」「作者の都合」と紙一重だ。白鯨戦後のセーブポイントの変更の有無は、物語の展開に大きく影響を及ぼしたはずだし、そこに対して言い訳(せめて、それが意図的なものであることを示す目配せ)を用意しておくのは、受け手との信頼関係を構築するために必須だとオレは考える。